幽体離脱
8月に入り、塀の改修工事が始まった龍谷寺。夕刻、工事が一日の作業を終えると、三々五々猫が集まり石畳の上で、夜更けまでひと休み。
中央の猫でなく、左奥に眠る猫に注目して下さい。今まさに幽体離脱しようとしています!!

・・・はい。お盆が近いからってそんな訳ないですよね (^_^;)
8月に入り、塀の改修工事が始まった龍谷寺。夕刻、工事が一日の作業を終えると、三々五々猫が集まり石畳の上で、夜更けまでひと休み。
中央の猫でなく、左奥に眠る猫に注目して下さい。今まさに幽体離脱しようとしています!!

・・・はい。お盆が近いからってそんな訳ないですよね (^_^;)
ショップオーナーであり木工作家でもある山下純子さんが作られた木工製品と、師匠であられる愛知県在住の木工家・井崎正治さんの作品が販売されています「いろはに木工所」です。

木工所のイメージから勝手に、家具をオーダーで作る店なのかな?と思っていましたが、実際には額や文具・食器のような小物から、本棚・鏡台・机など多種多様な木製品を製作販売されていました。
どの製品も木のぬくもりが伝わってくるような、柔らかくあたたかな形と色でした。
■ いろはに木工所
営業時間: 13:00 - 19:00
営業日: 土・日・祝日
関連リンク:
■ いろはに木工所(Joy-Quest.com)
http://www.joy-quest.com/hotshop012.html
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二階には、靴の「nakamura」があります。
言問通りの古いカフェ「YOSHIMOTO」のカウンターで昼寝する猫。

1年前に見かけた、肉球としっぽとは別の猫ですね。
きょう(2007/7/30)は、幸田露伴の 60年目の命日でした。”居宅跡”ですから当時の住居はなく、現在は集合住宅が建てられています。ただ露伴ゆかりの

幸田露伴居宅跡
幸田露伴は、明治 24年 1月からほぼ二年間、この地(当時の下谷谷中天王寺 21番地)に住んでいた。
ここから墓地に沿った銀杏横丁を歩き、左を曲がると天王寺五重塔があった。五重塔は寛永 21年(1644)に感応寺(天王寺の前身)の五重塔として創建され、、明和 9年(1772)2月に焼失、寛政 3年(1791)棟梁八田清兵衛 らにより再建された。
露伴は当地の居宅より日々五重塔をながめ、明治 24年(1891)11月には清兵衛をモデルとした名作『五重塔』を発表した。
同 26年(1893)1月、京橋区円山町(現・中央区)へ転居したが、現在も傍らに植わるサンゴジュ(珊瑚樹)は、露伴が居住していた頃からあったという。
露伴は、慶応3年(1867)7月、下谷三枚橋横町(現・上野 4丁目)に生まれ、すぐれた文学作品や研究成果を多数発表するなど、日本文学史上に大きな足跡を残した。昭和 22年(1947)7月没、墓所は大田区池上本門寺にある。
平成 14年 3月 台東区教育委員会

□ 所在地: 谷中 7-18-25
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「幸田露伴居宅跡」を背に谷中霊園を眺めます。この先に「天王寺五重塔」は、ありました。

ブロック塀から身を乗り出す子猫。おそらく路地へ飛び出そうとしたのでしでしょね。・・・運悪く、わたしと鉢合わせになりました。

黒い子猫は、すぐに引っ込んでしまいました。奥の子猫は様子を窺いながら塀から飛び出し、隣の児童公園へと去っていきました。

そして黒猫は・・・・・・。
香隣舎(旧谷中学校)の隣に空き地があります。それが屋外イベント・スペース「貸はらっぱ”

海の日のきょう、フリーマーケット風イベント『第 1回

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