萩寺に夏萩咲く頃、萩風は止む
江戸の頃、”蛍”と”萩”で知られ、「萩寺」とも呼ばれていた谷中・宗林寺の山門から本堂へ続く道に植えられている夏萩が 6月初めから、徐々に咲き出しました。夏萩とは別名で、一般には「ミヤギノハギ(宮城野萩)」と呼ばれているそうです。「ミヤギノハギ(宮城野萩)」の名の通り、宮城県の県花であり宮城県のシンボルマークは”ミヤギノハギ”を図案化したものです。
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話が逸れますが、団子坂上の「千駄木三丁目南遺跡」地の「東洋大学外国人宿舎」建設工事が 6月初旬から始まりました。

御遷座前の根津神社跡であり、最も近くでは宮城県東京宿舎がありました。宮城県東京宿舎は、昭和 44年(1969)〜平成 13年(2001)の 32年間(営業は平成 12年 3月まで)、宮城県の職員や県民の方々の宿泊地として利用されて来ました。
その後、平成 15年(2003)に文京区へ譲渡され翌、平成 16年(2004)12月に建物は取り壊され、遺跡発掘調査が行われました。調査終了後の土地の一部には、先に「汐見地域センター」が竣工(2006)しました。
団子坂上にありました「宮城県東京宿舎」は県花から名前をとり、「萩風莊」と名付けられていました。「萩風莊」が、団子坂から消えて後、約 3年半。どういう理由かわかりませんが、建設工事が始まった団子坂上石垣には未だ、遺構としての「萩風莊」看板灯が遺されています。まさに”風前の灯火”とでも言わんばかりに、、、。










