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味谷建具店、最後の仕事

 谷中バテレン商會の店主から、店舗のことをいろいろ伺った際に、店内にある幾つかの建具が「味谷建具店」によるものだと知らされました。
店主が工務店から聞いた話では、味谷さんは旧岩崎邸や迎賓館などの修繕にも関わった腕のある職人で、谷中バテレン商會の建具を最後に仕事を辞められる、との事だったそうです。
味谷建具店の、最後の仕事であることを知らされてから、頭の片隅で味谷建具店のことがずっと気になっていました。


店の扉と、窓枠。
味谷建具 窓


そして飾り棚。
飾り棚


味谷さんは何ヶ月か前まで、よく街で見かけていましたので、話を聞く機会があればなあ、と漠然と思っていました。味谷建具店は千駄木駅 2番出口(西日暮里寄り)を出たほぼ正面、マンション隣にありますので、地元の人は知らずに見かけているでしょう。
味谷建具店


今日、偶然この前を通りかかると、建物内に荷物が雑然と置かれ、材木が随分と無くなっていました。店の前にいた作業服の男性に尋ねると、味谷さんは既に引っ越され、既に空き家で、不要物を片付けている最中でした。そして多くの材木を銭湯に引き取ってもらうところでした。
明日にも取り壊しが始まり、更地にしてしまう、との事なので、壊される前に建物内を撮影させていただくことにしました。

左手に材木が並べられ、木製の階段がありました。 2階は従業員か家族が住まれていたのかも知れません。右手は作業場です。
味谷建具店


左手 2階階段から不忍通りの眺め。
右手の建物から


不忍通りに面する、味谷建具店の隣は当然のようにマンションが建っています。
マンション


右手の作業場には 2階に倉庫がありました。裏から見ますと欄干が付いています。
欄干

奥の建物は住居ですが、建物の中も作業場が取り囲み、その奥に生活空間があったようです。
住居


作業場には、建具屋らしく数え切れない大量の大小・特殊な[かんな]や、ノコギリ、旋盤などがありましたが、これらも全て、処分されました。
木製旋盤


砥石や、古いブレーカー。
砥石 ブレーカー


味谷さんは『谷中 根津 千駄木』80号で、少年時代に千駄木(当時。駒込坂下町)で遭った空襲の体験について語られているように、戦時下よりこの街で暮らし続けていました。手元にこの号がないので、この建物が戦前か戦後のものかわかりませんが、いずれにしても五十年以上経っていたのではないでしょうか...。
柱


谷中バテレン商會で、味谷さんが作られた建具を見ても、変わった意匠もありません。しかし建具とは本来、型にピタリと収まる正確さが重要で、技術が必要なのだ、というこを扉を開け閉めした際に意識してみて下さい。何故なら、よく作られた建具ほど自然で、意識されることがありませんから。
バテレン商會

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コメント(3)

根津に生まれ育って28年 :

仕方のないことなのでしょうが、切ないです。
砥石などは捨てられてしまったのでしょうか?

壊されてなくなってしまうことは悲しいですが、やまださんがブログで残してくれたから、知ることができてよかったと思います。

やまだ Author Profile Page:

根津に生まれ育って28年さま、はじめまして。
木材は銭湯へ料金を支払って引き取ってもらい、遺された多くの道具類は全て廃棄されるようでした。
砥石のいくつかは「ある方」が解体業者から譲り受けて大切に使われていることを、今日になって知ったところです。

やまだ Author Profile Page:

根津に生まれ育って28年さま、はじめまして。
木材は銭湯へ料金を支払って引き取ってもらい、遺された多くの道具類は全て廃棄されるようでした。砥石のいくつかは「ある方」が解体業者から譲り受けて大切に使われていることを、今日になって知ったところです。
味谷さんをはじめ、多くの職人の仕事は、大抵は名前が表に出ることはありません。案外、身近なものの中にも、いくつもの職人の手がかかっているのかも知れませんね。
あたたかなコメント、ありがとうございました。

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このページは、やまだが2008年4月25日 23:17に書いたブログ記事です。

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