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銀盤の学生 1928

 2007年、東京大学は 130周年を迎えましたが、翌 2008年、東京大学医学部&附属病院は 150周年を迎えます。150周年記念事業の一環として2006年〜2007年、東大病院内通路で、過去の卒業アルバムから選んだ多くの写真パネルを展示しました。その中には大変珍しい写真が多くありましたが、その中でとても惹きつけられた一枚の写真がありました。
 この写真に惹きつけられたのは私だけでなく、東京大学広報センターの細谷さんも大いに惹きつけられていたようで、細谷さんは、数枚の写真パネルを東京大学医学部から借り受け、12月より広報センター(龍岡門脇)内で展示されました。おそらく 1月以降も展示されていると思いますので、パネルは数枚の構内風景の写真ですが、その中の一枚をより多くの方に見て頂きたい、と思います。

 一枚というのは昭和 3年(1928)冬の三四郎池の写真です。昭和 3年とは、関東大震災の復興を引きずり、第二次世界大戦への予兆が少しずつ芽吹き始める頃です。東大構内も内田祥三らが校舎の建設がまだ盛んであった頃でした。・・・
比較の意味で、まず約 80年経った 2007年 12月 31日の三四郎池です。
三四郎池


昭和 3年(1928)冬の三四郎池です。なんと三四郎池でスケートをしています。
三四郎池銀盤
注: 帝國大學新聞(昭和 3年 1月 16日 第236号)縮小版から、資料用にコピーしたものを更に加工して載せています。)

喜びの跡

 お正月來の寒さで、御殿下の池も例年の如く見事に氷が張りつめ休暇明けまでアマチュア、スケーターを喜ばせてゐたが去る十日來の暖氣で全部解氷し昨今は僅に残さいが岸に漂ってゐる。

 帝國大學新聞(昭和 3年 1月 16日 第236号)


上の画像は帝國大學新聞(昭和 3年 1月 16日 第236号)に掲載されたものですが、その春の卒業アルバムに同じ写真が使われたのでした。
パネル張りされた写真は複写とはいえ、上に引用させて頂いた画像よりも、鮮明で幻想的です。
CO2排出量増加による温室効果、ヒートアイランド現象など原因はいろいろあるのでしょうが、この写真を目にした後、再びこの東京で。本郷で。三四郎池が銀盤となる日が来ないか、と夢見てしまいました。


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東京大学広報センターは、12/28(金)~1/4(金)まで年末年始休館。
年始の開館は、1/7(月) 10:00からです。

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このページは、やまだが2007年12月31日 19:25に書いたブログ記事です。

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