加賀藩本郷邸内石積地境溝の築石

 東大病院入院棟へ続く車道中央の縁石です。2007年 6月、東京大学埋蔵文化財調査室による解説板が設置されました。
縁石


加賀藩本郷邸内石積地境溝[いしづみぢざかいみぞ]築石[ちくいし]

 この縁石は、入院棟地点の発掘調査により出土した江戸時代の石積地境溝の築石である。
 本郷キャンパスの大部分は、江戸時代加賀金沢藩前田家の江戸屋敷(本郷邸)が置かれた場所として知られているが、特に病院地区は寛永 16年(1639)に分家した越中富山藩、加賀大聖寺藩の上屋敷が置かれた場所に該当する。
 検出された石積溝は、天和 2年(1682)までは加賀藩邸と富山藩邸、天和 3年以降は大聖寺藩邸と富山藩邸の地境にあたり、生活排水などを池之端方面へ流す排水路としての機能も持っていた。発掘調査の結果、入院棟地点では、高さ約 3m、7〜8段積みの石積溝として検出されたが、下部二段(寛文年間以前構築)は、加工が粗く、築石間に隙間が認められるのに対し、上部(天和 3年増築)は、丁寧に加工され、ほとんど隙間無く積まれていたことが判明した。
 縁石に再利用された築石のうち、石面がほぼ平坦に加工されている築石は天和 3年に、石面が丸味を帯びている築石は寛文年間以前に積まれたものである。

 埋蔵文化財調査室


 一段下がった縁石の向こう側に見えるのは鉄門です。鉄門を出て左(不忍池)へ曲がれば無縁坂です。
縁石と鉄門

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このページは、やまだが2007年7月 1日 21:22に書いたブログ記事です。

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