栄松院の紅梅

 千年山 栄松院(浄土宗)の紅梅。
栄松院


 蜜を吸いに鳥たちが多くとまっていました。
栄松院の紅梅


 栄松院には、薩摩浄雲[じょううん]、初代 松本幸四郎の墓があります。


薩摩浄雲[じょううん]の墓

 文禄 4年〜寛文 12年(1595 - 1672)。江戸初期の浄瑠璃[じょうるり]太夫。上方の出身。通称、虎屋次郎右衛門。別に江戸次郎右衛門、薩摩太夫といった。晩年に剃髪して浄雲と号した。
 浄瑠璃を修め、寛永初年の頃、江戸に来て「江戸薩摩」を興す。当時、人形遣い小平太を擁し、操りの妙と人形衣装の華美と舞台装置の良さで好評を博した。



初代 松本幸四郎の墓

 延宝 2年〜享保 15年(1674 - 1730)。江戸中期の歌舞伎俳優。下総国[しもうさのくに]の生まれ。屋号は初代のみ「大和屋」。はじめは久松小四郎[こしろう]といって女形を勤める。のち本性の松本に戻り、立役[たてやく]となり、幸四郎と改名した。
 二代目団十郎と並ぶ名優のひとりと称された。

 平成 10年 3月     文京区教育委員会

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このページは、やまだが2007年2月 8日 14:06に書いたブログ記事です。

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