【
東大散歩
】
蛇塚(お化け灯籠)
不思議な石灯籠と横には灯籠跡らしき石。ここだけ何か荒れていますけれど、造成中か何かでしょうか?と、言ってもず〜っと以前よりこんな感じで気にはなっていました。

撮影後に知ったのですが、加賀藩邸の時代に不義を働いた奥女中をヘビを使って折檻し、この場所で刑死された、その女中を弔うために建てられた灯籠だと言われているそうです。無闇に塚をいじると祟られる、というので、お祓いをされた教授もいたそうですが、実際に昔から大きく移動されていないところをみると、その教授ばかりが言い伝えを信じていたわけでもなさそうです。今でも選定作業をする造園業の方はお祓いを受けてからこの周辺の作業をしているそうです。
うわぁ〜!! そんな話を知っていたら、ズカズカと石灯籠に近づいて写真なんか撮らなかったのにぃ...
..._/ ̄|○...

し、しかし、日本が世界に誇る「叡智の結集」ともいうべき東京大学(しかも工学部の庭)に、こういった「説明がつかない」古い人工物が置かれているところがまた、いいのですが。
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東京大学の「お化け灯籠」は、"怖い"方の「お化け」ですが上野公園のは"バカでか... 続きを読む

本日、この蛇塚を観てきました。
娘の学校のPTA活動の一環で「東大散歩」に参加しました。
ガイドは、東大卒の副校長。
副校長の話によると、処刑されたのは石川県の加賀藩での事らしいです。
8歳で徳川家から2歳の姫を嫁にもらった加賀藩主は、その姫と相思相愛だったのうです。
しかし、姫は24歳という若さで他界。
徳川家から嫁をもらうと言うことは、その大名家を栄えさせない為の策略。
相思相愛になっては、徳川家にとって不利な事。
そこで、姫の乳母だった局が姫と藩主を引き離したのが死んでしまった原因とか・・・。
怒った藩主が、石川元全土から毒蛇を集めさせ 局を裸にし穴の開いたたるにつめ、そこへ四方囲んだ部屋?に樽を置き 蛇を放し酒を蛇にかけたそうです。
蛇は酔っぱらい、局に噛みつき局の息が絶えました。
それから、局の怨念が残り トイレに入ると怨霊がトイレに出るようになったそうです。
その怨念をしずめる為に蛇塚を建てたそうです。
参勤交代で江戸にこなくてはならない加賀藩主は江戸の屋敷にも蛇塚を建てたそうです。
つい最近(ここ数ヶ月前)にも石川県のお坊さんが東大の蛇塚に来てお経を唱えたと実話もあります。
まゆさん、はじめまして。大変貴重なお話ありがとうございます。
この蛇塚は元からこの場所にあった訳ではなく、何度か移動される際に不幸が重なり現在に至るそうです。あながち作り話でもなさそうですが、今回のように具体的な話を聞くことがありませんでした。そんな謂われがあったのですねえ、、、。胸のつかえが取れた気分です。重ねて感謝いたします。