大講堂(安田講堂)

 赤門と並ぶ、東京大学を象徴する建造物です。当時の東京大学卒業式では成績優秀者に天皇陛下から銀時計を拝受されましたが、天皇陛下をお迎えするのに相応しい施設が無く、また講堂と呼べるものも無かったことから安田財閥の初代総帥・安田善次郎氏の寄付により、大正 14年(1925)建設されました。
安田講堂


 左背後に見える建造物は理学部一号館。安田講堂の景観をなるべく壊さないように、西面はガラス張りで設計されました。
 12階建て相当(高さ39.7メートル)ですが正面に見える玄関は実は三階部分で、正面広場の下には円形状の生協・中央食堂(名物、赤門ラーメン)があります。黒ずんでいる箇所と、はげかかった箇所がありますが、これは学生紛争さなかの昭和43年(1968)、東大安田講堂事件で警察と学生らが対立した際に投げつけられた火炎瓶の跡だそうです。
正面玄関

 ウィキペディア(Wikipedia)によると、安田講堂と呼ばれるようになったのは安田善次郎氏歿後のことのようです。

安田講堂
 安田財閥の創始者、安田善次郎の匿名を条件での寄付により建設されたが、神奈川県大磯の別邸で右翼に暗殺された彼を偲び安田講堂となる。東京大学建築学科の建築家、内田祥三(のちの総長)が基本設計を行い、弟子の岸田日出刀が担当した。1921年(大正10年)に起工、関東大震災による工事中断を経て1925年(大正14年)7月6日に竣工した。
  2006/09/08現在 ウィキペディア(Wikipedia)より


 また、東大安田講堂事件で講堂内部も随分傷みましたが、昭和 63年〜平成 6年(1988~1994年)に、再び旧安田財閥(みずほフィナンシャルグループ)の寄付により改修工事がなされました。
現在も卒業式と五月祭、学術講演会に使われる以外、一般公開はされていません。


ウィキペディア(Wikipedia)
>> 安田講堂
http://ja.wikipedia.org/wiki/安田講堂

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このページは、やまだが2006年9月 8日 14:11に書いたブログ記事です。

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