由来の記
昭和 20年(1945)3月 4日朝、アメリカ空軍 B-29によって、この地域の千駄木・谷中に多数の爆弾が投下され、大きな被害を受けました。死者 500人以上といわれています。
この地には、銭湯「鹿島湯」があり、石灰貯蔵庫を防空壕に入っていた赤ちゃんを含む 23人の方が犠牲になりました。
昭和 34年(1959)、この方々の冥福と戦争を二度と起こさぬことを誓い、近所の人々によって、この地蔵尊が建立され、「坂下地蔵尊」と命名されました。
平和地蔵尊を守り戦争体験を語り継ぐ懇談会

古い街並みが比較的多く残るこの地域について、『すぐ近くの東大が、爆撃の標的からはずされていたから、谷中界隈も爆撃から逃れた。』という話を聞きます。それが真実なのかはわかりませんが、まったく空襲の被害を受けなかった訳ではありませんでした。
■ 地域雑誌「谷中・根津・千駄木」 80号
・特集/六十年めにやっと聞けた わが町の空襲
(2005年7月20日発行)
http://www.yanesen.net/backnumber/080/
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