無縁坂と言えば森鴎外の『[がん]』よりもグレープ(さだまさし)の歌を思い出してしまいます。

『無縁坂』

 母がまだ若い頃 僕の手をひいて
 この坂を登るたび いつもため息をついた
 ため息つけば それで済む
 後ろだけは見ちゃだめと

作詞/作曲:さだまさし 唄:グレープ


その後の歌詞に「偲ぶ 不忍[不忍] 無縁坂」と歌われているように、坂の下は不忍通りを挟んで不忍池。坂を登りきると東京大学附属病院の鉄門。突き当たりを道なりに曲がっていけば東大龍岡門にぶつかります。暑い夏にこの坂を登ると、風と緑を心地よく感じます。
無縁坂


 坂上からみて、右の赤レンガ塀の上に旧岩崎邸庭園があります。

無縁坂

『御府内備考』に、「称仰院[しょうこういん]前通りより本郷筋へ往来の坂にて、往古 坂上に無縁寺有之[これあり]侯に付 右様相唱候旨申伝[みぎようあいとなえそうろうむねもうしつたう]......」とある。
 団子坂(汐見坂とも)に住んだ森鴎外の作品『雁』の主人公・岡田青年の散歩道ということで、多くの人びとに親しまれる坂となった。その『雁』に次のような一節がある。
"岡田の日々の散歩は大抵道筋が極まっていた。寂しい無縁坂を降りて、藍染川のお歯黒のような水の流れこむ不忍の池の北側を廻って、上野の山をぶらつく。......"
 坂の南側は、江戸時代四天王の一人・康政を祖とする榊原式部大輔の中屋敷だった。坂を下ると不忍の池である。

 不忍の 池の面にふる春雨に
  湯島の台は 今日も見えぬかも
 岡[ふもと](本名、三郎:旧本郷金助町生まれ1877〜1951・墓は向丘 2丁目高林寺)

 昭和 55年 1月 文京区教育委員会

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このページは、やまだが2006年7月25日 18:00に書いたブログ記事です。

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