東叡山 寛永寺

上野東叡山寛永寺

 天台宗の関東総本山。徳川歴代将軍の菩提所。寛永 2年(1625)天海僧正の創建です。江戸時代、上野の山全体が寛永寺の境内でした。創建当時は江戸城の鬼門を守る祈願所でしたが、後に芝の増上寺とともに将軍家の菩提所になりました。
 寺名は、「寛永」の年号をとって付けられ、山号の東叡山は、天台宗総本山比叡山延暦寺に倣い、東の叡山という意味です。
 江戸時代最盛期の寛永寺は、子院三十六ヶ院(今は十九ヶ院)と本坊、根本中堂、文殊楼(吉祥閣)などの豪華な建造物を誇り、これを総称して、寛永寺と言っていましたが、慶応 4年(1868)5月 15日の上野の戦争(彰義隊の戦争)により殆どの建物が焼失し、一部を残して新しく新しく上野公園となりました。 今の寛永寺は、明治 12年に天海僧正ゆかりの川越(埼玉県)の喜多院から本地堂(薬師堂)を子院であった大慈院の地に移築したもので、寛永 15年(1638)の建造物といわれています。


東叡山寛永寺

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このページは、やまだが2006年4月18日 20:21に書いたブログ記事です。

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