三四郎池(育徳園)

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三四郎池(育徳園)
加賀藩主前田氏が、現在の赤門から池にかけての一帯の地を将軍家から賜ったのは、大阪の没後のこと。園池を大築造したのは寛永 15年(1638)、その性、豪宕で風雅を好んだという当主前田利常のときである。かれの死後、綱紀がさらに補修して、当時江戸諸侯邸の庭園中第一と称せられた。
育徳園と命名され、園中に八景、八境の勝があって、その泉水・築山・小亭等は数寄をきわめたものだといわれている。池の形が「心」という字をかたどっており、この池の正式名称は「育徳園心字池」なのだが、夏目漱石の小説「三四郎」以来、三四郎池の名で親しまれている。

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このページは、やまだが2005年12月 5日 21:01に書いたブログ記事です。

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