路地と家並
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本郷通りに面した長元寺の塀です。

遠目、何の変哲もない塀ですが、コンクリート塀の境界にあたる縦柱部分白く塗られた箇所があります。よく見ると彫られたものか型取られたものか(おそらく後者だと思いますが)うっすらと「廣告厳禁」の意匠が見て取れます。読みづらいのは削られたからでしょうか。それにしても塗り分けられ目立たせよう、と意図が見えますので単に劣化したものでしょうかしらん?字体からして古いものでしょうが、正確には数えませんでしたが約 5、6箇所それぞれ劣化の仕方が似ていて興味深く感じました。
水墨蔵
本駒込・天祖神社近くの古い屋敷の蔵です。

ちょっとね、壁が水墨画のよう。

購読し、またリンクもさせて頂いている masaさんの『Kai-Wai 散策』に先日「根津遊郭の名残」のエントリー(記事)がありました。最近解体されてしまった建物が、実は根津遊廓の名残であったことを初めて知りました。・・・

(撮影: 2006/06/19)
この建物は根津交差点より約 200mほど不忍池に行った辺りなので、根津遊廓は想像以上に栄えていたのかも知れません。
...で、この建物が根津遊廓の名残とわかったら、「北見楼」跡との共通点が気になってしまいまして、、、。根津遊郭の名残(Kai-Wai 散策)下欄の masaさんのコメントを読まれるとわかりますように、この根津遊廓跡のほぼ向かい側には米屋(兼お弁当屋)があります。そして北見楼跡のお隣も米屋(兼お弁当屋)なのです。
家相から見て、米屋の傍は古い建物が残りやすい。とか民俗学から見た、米屋と遊廓のつながり。・・・なんて研究はある訳ないッスね。
■ 根津遊郭の名残(Kai-Wai 散策)
http://mods.mods.jp/blog/archives/001223.html
街をぶらぶら歩いていると頻繁に見かける風景なのですが古い木造家屋のほとんどが側面などの補修にトタンを使用しています。何らかの事情で隣家が消えたりすると途端に錆びたトタンが出現します。

「かなかな」や「Leprotto (レプロット)」のある路地ですが、手前の空き地にあった隣家の古い木造家屋が取り壊されて一年ほど経つでしょうか。既に雑草が生え、一冬越して枯れています。眼前の家屋も見慣れていたのですが、よく見ると錆びたトタンに突っ張りが飛び出しており、そのトタンに木製の物干し台(現役)が寄りかかっています。

路地に馴染んで今まで気づかずにいましたが、気がついてしまうとちょっと気になりますねえ。
谷中 安立寺の門脇の木造家屋が火事で焼けていました。

在りし日の家屋(2006/10撮影)

築何十年だったのでしょうか。長い年月を重ねてても失うときは一瞬です。か、と言ってもかたちはどうあれ各々の思いと共に記憶の中に残るのでしょう。
行く手に大きな壁が立ち塞がれば、人ならばきっと、ぶち壊そうとするでしょう。猿や猫なら、ひょいと跳び越えるでしょう。
さて。向丘の路地裏、やや大きめの駐車場。その駐車場に面したブロック塀に何故、穴が空いているのでしょうか。

傍へ寄ってみますと"何か"出ています。ぶつかって空いた?生命力の強い樹木がブロックを突き破った?それとも何かの配線があるのでしょうか??
今年も臼の出番です。

来年の今頃には、本行寺の背後に見えるビル(24階)の約 2倍の高さのビル(4X階)が、あと 2基建つ予定です。年々、変わらぬ行事と変わりゆく風景。

尾久橋通り(放射 11号線)と交差する京成電鉄高架下に造られた古い住居です。

自分が天井裏を走っている事に気づいている乗客が何人いるでしょう?ずいぶんと老朽化していますが、現役の住居です。




