寺 - 西日暮里
<<前のページへ 1|2 御殿坂と諏訪台通りの十字路にある経王寺です。

大黒天 経王寺(きょうおうじ)
経王寺は日蓮宗の寺院で山号を大黒山と称す。明暦元年(1655)、当地の豪農冠(かんむり)勝平(新堀村の名主冠権四郎家の祖)が要詮院(ようせんいん)日慶のために寺地を寄進し、堂宇(どうう)を建立したことに始まるという。本堂、隣の大黒堂には日蓮上人の作と伝えられる大黒天が鎮守として祀られており、地域の人々の崇敬をあつめている。
慶応 4年(1868)の上野彰義隊士をかくまったため、新政府群の攻撃を受けることとなり、山門には今も銃弾の痕が残っている。
荒川区教育委員会
JR日暮里駅北口を出てすぐ。御殿坂の途中に本行寺があります。

月見寺(本行寺)
本行寺は、大永 6年(1526)、江戸城内平河口に建立され、江戸時代に神田・谷中を経て、宝永 6年(1709)、現在地に移転した。景勝の地であったことから通称「月見寺」ともよばれていた。二十世の日桓(にちかん)上人(俳号一瓢)は多くの俳人たちと交友があり、小林一茶はしばしば当寺を訪れ、
青い田の、露をさかなや、ひとり酒」
などの句を詠んでいる。
儒学者市河寛斎(いちかわかんさい)・米庵(べいあん)父子や、幕末・維新に活躍した永井尚志(ながいあおゆき)などの墓がある。戦国時代に太田道灌が斥候台(せっこうだい)を築いたと伝える道灌物見塚があったが、現在は寛延 3年(1750)建碑のみ残る。
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