寺 - 谷中

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 龍谷寺で、気持ちよく寝そべる猫たち。
本堂の猫


 東京は 3日続きの強い雨模様。谷中にある本妙院の屋根は、雨雲に覆われた空より蒼い、サムライブルーならぬコバルトブルー。(以前は屋根、赤かったんですがね。)
本妙院

 雨空を仰ぐと、龍谷寺の屋根の上では、、、
二匹の猫


 龍谷寺本堂に横たわり、雨の匂いを嗅ぐ。雨音を聴く。雨脚を眺める。
龍谷寺

 谷中霊園「さくら大通り」の天王寺近くに咲く鬱金桜。
またの名を浅黄桜


鬱金桜

 この「鬱金桜(うこんざくら)は別名「浅黄桜(あさぎざくら)」とも呼ばれており、花の開花はソメイヨシノより二週間程遅く、4月中旬ごろに淡黄緑色の八重の桜が楽しめます。
 旧天王寺境内であった谷中霊園内には、江戸時代から浅黄桜が多く植えられていたらしく、二代目歌川広重が描いた「江戸名勝図会 天王寺」のなかで「谷中天王寺...(中略)...境内に桜木多し、なかんずく浅黄桜の名木有り」と評され、江戸庶民に愛されていました。
 浅黄色は最近ではほとんど見かけられなくなりましたが、「第 9回 谷中花のフェスティバル」を機に、この鬱金桜を植樹したものです。

 平成 9年 5月


霊園内さくら大通り沿い

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自性院本覚山宝光寺(新義真言宗)
自性院

愛染堂(あいぜんどう)・愛染かつらゆかりの地

 自性院は、慶長 16年(1611)に神田に創建、慶安元年(1648)現在地に移った古寺である。
 当院は、愛染堂に安置した愛染明王像で知られ、江戸文化が花開いたといわれる文化文政の頃(1804〜30)になると、その名は近在まで広がったと伝えられる。江戸時代中期頃から別名を俗に愛染寺といわれた由縁である。
 愛染明王像は、寺伝によれば、元文年間(1736〜41)、第九世貫海上人が境内の楠を切り彫刻した。像高 1メートル、像内には、貫海上人が高野山参詣のとき、奥院路上で拾得した小さな愛染明王が納められていると伝えられている。
 愛染明王は、特に縁結び、家庭円満の対象として信仰されている。昭和の初め、文豪川口松太郎の名作『愛染かつら』は、当院の愛染明王像と本堂前にあった桂の古木にヒントを得た作品だといわれる。

 平成 4年 11月     台東区教育委員会

所在地: 台東区谷中 6-2-8


 道に迫り出した、自性院のしだれ桜。
しだれ桜


自性院

 谷中、宗林寺の入り口脇の綿毛のようなつぼみだった、ミツマタが咲きました。
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 先日の白木蓮が満開です。
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