谷中霊園
<<前のページへ 1|2|3|4 次のページへ>> 客を乗せて、音羽屋さんが谷中を駆け抜ける。

JR日暮里駅方面から向かって谷中霊園さくら通りの入り口に「工學士 田代終吉君記念之碑」があります。

碑の足下に、いつ頃からかどんな謂われがあるものか不明ですが、壊れた小さな少年が供えられています。

谷中霊園さくら通りの桜並木は花心を残しつつ、昼夜花弁を散らせています。今年桜の満開時には、カメラの買い換えをしながらも、花粉症と仕事とで全く出歩くことが出来ませんでしたので、今頃になり新しいカメラを持って、まだ残る遅咲きの桜を撮ってみました。
まだ咲き残るソメイヨシノ。

散りつつあるソメイヨシノから、満開へ向かう

サクラバトンを渡されたかのように、散り続けるソメイヨシノの花弁を、葉に載せたウコンザクラです。
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ずいぶん日が傾き、街のあちらこちらの、やわらかな光と影が織りなす模様が目にとまります。

撮影者の技術とコンパクトデジカメの限界。...デジタル一眼レフカメラが欲しくなる一瞬。
御隠殿坂
明治 41年(1908)刊『新撰東京名所図会』に、「御隠殿坂は谷中墓地に沿ひ鉄道線路を経て御隠殿跡に下る坂路ををいふ。もと上野より御隠殿への通路なりしを以てなり。」とある。御隠殿は東叡山寛永寺住職輪王寺宮法親王の別邸。江戸時代、寛永寺から別邸へ行くため、この坂が造られた。「鉄道線路を経て」は踏切を通ってである。
昭和 57年 12月 台東区教育委員会

谷中霊園「さくら大通り」の天王寺近くに咲く鬱金桜。

鬱金桜
この「鬱金桜(うこんざくら)は別名「浅黄桜(あさぎざくら)」とも呼ばれており、花の開花はソメイヨシノより二週間程遅く、4月中旬ごろに淡黄緑色の八重の桜が楽しめます。
旧天王寺境内であった谷中霊園内には、江戸時代から浅黄桜が多く植えられていたらしく、二代目歌川広重が描いた「江戸名勝図会 天王寺」のなかで「谷中天王寺...(中略)...境内に桜木多し、なかんずく浅黄桜の名木有り」と評され、江戸庶民に愛されていました。
浅黄色は最近ではほとんど見かけられなくなりましたが、「第 9回 谷中花のフェスティバル」を機に、この鬱金桜を植樹したものです。
平成 9年 5月

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