弥生・向丘
<<前のページへ 1|2|3|4|5|6|7 次のページへ>> 行く手に大きな壁が立ち塞がれば、人ならばきっと、ぶち壊そうとするでしょう。猿や猫なら、ひょいと跳び越えるでしょう。
さて。向丘の路地裏、やや大きめの駐車場。その駐車場に面したブロック塀に何故、穴が空いているのでしょうか。

傍へ寄ってみますと"何か"出ています。ぶつかって空いた?生命力の強い樹木がブロックを突き破った?それとも何かの配線があるのでしょうか??
取り壊しが決まった家作のひとつ。年末から先月末にかけ住人は転居して通行人以外の人気もなく、猫や鳥たちには束の間の天国です。

セメント瓦屋根には先日見かけた白猫が、名残の日向ぼっこをしていました。

街に人が住み、暮らしが機能している限り、何年も何十年も何百年も、古きものは朽ち、新しいものたちが生まれていきます。建物ほどに目立ちませんが、たとえば電信柱です。電信柱が変わったところで私はちっとも気にしません。電信柱が木からコンクリートへ変わったことにいち早く気づいたのは犬だったのかも知れません。やがて電線は地中に埋められていくのでしょうが、それにいち早く気づくのは雀であるかも知れません。
十何日ぶりかに東大浅野地区東側・東大宿舎に続く道を通ったら、コンクリート製電信柱の並ぶ中、見慣れた二本の木製電信柱が消えていました。犬や雀のように電信柱の変化に素早く気づく事は出来ませんでした。残念というよりも、「よくぞ 2007年まで頑張って残っていたものだなぁ。」と思いました。もっと長く見ていたかった気持ちもあるのですが、街の風景も建物も時とともに変わっていくことは致し方がありません。否応なく時間は流れていくけれど、せめて一時、記憶にはとどめておきましょうか。・・・
弥生美術館(竹久夢二美術館)に入れてくれよ〜。

入館時間は PM 4:30迄(閉館は PM 5:00)。只今およそ PM 4:40...。ちょっと遅かったみたいだね。

■ 弥生美術館・竹久夢二美術館
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/
以前にも書いたように、向ヶ丘弥生(現・弥生 1、2丁目)を語るときに切っても切り離せないのが、東京大学埋蔵文化財調査室の研究成果です。
弥生土器を含む弥生時代と水戸藩中屋敷があった頃の江戸時代。そして射的場や浅野侯爵邸があった頃の明治以降。これらの研究成果の殆どが東京大学キャンパス内の開発に伴う埋蔵文化財調査室の活動(発掘調査と文書調査)によるものです。これら研究成果の一端を専門家以外の私達が知ることが出来るのは、「谷中 根津 千駄木」編集部による取材や、同誌へ(寄稿を含め)協力されている、原祐一さんを始めとする埋蔵文化財調査室の報告によるものです。







