本郷通り~染井(駒込)
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伝言 2009.9.27
とある公園のベンチ横に捨て去られた封筒。よく見るとメモ書きが記されていました。
● ー4,0005,000
☆ ー5,0002,000
△ ー 2,00012,000
□□ ー 1,000 10,0009/27 ■へ
どうにか、やってる
見たいだな。
とにかく、なるように
しかならないぞ。
多少の差し入れしたから。
タバコ代として 1,000円、
ふくろの下に置いておくから
これで ¥5,000円、借金できる
うちが花だよ。食い物と
タバコがあれば、どうにか無るさ。
日付は 9/27、約三ヶ月前です。
冒頭の数字は借金の金額と返済状況のようです。だとすれば伝言主は●氏でしょうか。
この伝言を受け取った■氏は、何処でどんな新年を迎えているのでしょうか。
Infidels

2009年 12月 25日。− とある公園にて −
私「おじさん、空き缶集めていくらになるの?」
「キロ 80円。...あぁ最近 5円上がったから 85円かあ。」
私「今日はいつもより多いねえ。」
「うん、今朝は大塚まで行ったからな。」
私「今日で、いくらくらい?」
「20キロくらいだな。¥2,000にもならねえよ。」
「煙草も吸うし、酒も飲むからよぉ。金なんか貯まんね。」
「雑誌は一冊 50円、ただしきれいなヤツだけだぞ。」
「今日は金曜だから、上野公園で炊き出しがあるからよ。あんたも今からなら間に合うぞ。」
〜実母から 5年間で ¥90,0000,000(9億円)の献金を受けたという首相のいる国で〜
ジュウイチガツザクラ
手も休む
本郷通り沿い、駒込の食事処「ふじ芳」。
休日は招き猫も手を下ろします。

梅月堂、あとわずか
追分一里塚跡と高崎屋
東京大学弥生地区、農正門の正面には本郷通り(岩槻街道)と旧白山通りがぶつかる三叉路で「本郷追分」と呼ばれています。その場所には江戸時代「追分一里塚」があり、「高松屋」は江戸時代より現在に至るまで酒店を営業されています。

追分一里塚跡
一里塚は江戸時代、日本橋を起点として街道筋に 1里(約 4km)ごとに設けられた塚である。駄賃の目安、道程の目印、休息の場所として、旅人に多くの便宜を与えてきた。
ここは、日光御成道(旧岩槻街道)との分かれ道で、中山道の最初の一里塚があった。18世紀中頃まで、榎が植えられていた。度々の災害と道路の拡張によって、昔の面影をとどめるものはない。分かれ道にあるので、追分一里塚とも呼ばれてきた。
ここにある高崎屋は、江戸時代から続く酒店で、両替商も兼ね「現金安売り」で繁昌した。
平成 7年 3月 文京区教育委員会
■ 区指定史跡

この周辺の埋蔵文化財調査から、「高崎屋」の銘が入った酒徳利が数多く発掘されていることからも、当時の繁昌振りが想像されます。
東大追分学寮跡・埋蔵文化財調査

根津神社うらもん坂を上りきり本郷通りにぶつかると、通りを隔てやや右手に、東京大学
調査についての経過は本郷通り沿いの塀に貼り出されています。

2007/12/12と 2088/1/16に埋蔵文化財調査を見学させていただきました。両日に撮影した写真から埋蔵文化財調査の仕事の一部を(非常に大雑把にですが)紹介します。
水墨蔵
本駒込・天祖神社近くの古い屋敷の蔵です。

ちょっとね、壁が水墨画のよう。

うさぎうまさる
ウサギ、馬、猿。どんな素敵な物語でしょうか。

「都立駒込病院院内保育室」




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