東大散歩
1|2|3|4|5|6|7|8|9|10 次のページへ>>『命の認識』に展示されている、保存溶液に浮かぶにされたアジア象の死産胎児の標本。
この骸は、
ハリウッドなら、きっと 20ヶ月もかけずに作り上げてしまうであろう、
精巧な 3Dロボットにも劣る傀儡です。
この象は生まれては来られなかった水子です。
神様が魂を入れ忘れた象革の鞄です。
母象の羊水のなかで、体の一部として育まれた象の着ぐるみです。
だが。しかし、・・・
生き損ないの、この象は、やっぱり生きていたに違いなく、
きっと母象は、腹の中で鼓動を聞き、
生まれ来る我が子の存在をを確認し、喜んだに違いない。
きっと象の胎児の標本を見た者は、
生まれなかった子象の存在を認識し、記憶に刻まれたに違いない。
ならば動かぬこのアジア象は、生きていたのと同じ事なのかも知れない、と、
ふと思ってみた次第です。
■ 命の認識(東京大学 総合研究博物館)
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2009inochi.html
開催期間: 2009年 12/19(土)〜2010年 3/28(日)
開館時間: 10:00 - 17:00(入館は16:30まで)
休館日: 月(* 1/11、3/22は開館)
12/24、12/29~1/3、1/12、1/16、1/17、2/12、2/25、2/26、3/23
入館料: 無料
場所: 東京大学総合研究博物館 <http://www.um.u-tokyo.ac.jp/
アクセス: <http://www.um.u-tokyo.ac.jp/information/map.html>
![]()
2010年 3/26(金)、27(土)の二日間、東京大学埋蔵文化財調査室が行っている農学部総合研究棟建設予定地での遺跡調査を見学、及び説明する会が開催されています。
建設に伴う遺跡調査について埋蔵文化財調査室が行ってきた研究成果を一般公開し、活動を知られ、理解いただくための遺跡見学会が開催されています。
遺跡からは、明治時代の宅地造成を示す遺構、水戸藩中屋敷の道等を確認しました。江戸時代以前の土器や石器も出土しています。
また以前、武田先端知ビル(浅野地区)建設地より発掘されました弥生土器やガラス玉、明治時代の銃弾も併せて展示しています。(復元された弥生土器を間近に見られます)
「東京大学埋蔵文化財調査室」の原 祐一さんによる解説が、一時間毎に行われています。

■ 農学部総合研究棟遺跡見学会
<http://www.aru.u-tokyo.ac.jp/nougakubu_gensetu.pdf>
開催: 2010年 3/26(金)、27(土)
時間: 11:00 - 15:30(雨天中止 )
解説: 11:00、12:00、13:00、14:00、15:00
会場: 農学部総合研究棟建設予定地
主催: 東京大学埋蔵文化財調査室 <http://www.aru.u-tokyo.ac.jp/>
協力: 文京区教育委員会
問い合わせ先: 東京大学埋蔵文化財調査室
* 月〜金(10:00〜12:00、13:00〜16:00)
遺跡見学会は雨天中止ですが、
月曜から金曜日の10:00~16:00(3月中)、遺跡の見学は可能です。
足元と場内で稼動している重機等には十分お気をつけください。
![]()
東京大学 農学部の敷地内では水戸藩邸の遺跡調査が始まりました。(2010/1/18〜3月)
東京大学・本郷キャンパスの敷地は、江戸時代にはいくつもの藩邸があった地域です。加賀藩(本郷地区)、冨山藩、大聖寺藩(東大病院)、水戸藩(農学部)など。また本郷台地の東端でもあり、縄文・弥生の遺跡や土器も出土しています。
東京大学は、敷地内に新たな建造物の建設や整備の際には「東京大学埋蔵文化財調査室」が発掘調査を行います。
今回は、建設が予定されています総合研究棟に伴う、農学部圃場での遺跡発掘調査です。水戸藩邸中屋敷にあったとされる「大名小路通り」の調査だそうです。
幕末の水戸藩主であった、烈公・徳川斉昭や、老中・阿部正弘が生きていた頃の話ですね。

写真奥に高いマンションが見えますが、その向こうが不忍池。その手前の黒い建物(屋上付近が逆三角形に見える)が、方形周溝墓や弥生土器が発掘されました「武田先端知ビル」です。
東京大学・本郷キャンパス内にあります「東京大学総合研究博物館」にて、『命の認識』が昨年末より 3月下旬まで開催されています。(2009/12/19〜2010/3/28)
東京大学総合研究博物館が所蔵します、土偶・土器・ヒトの化石を展示する『キュラトリアル・グラフィティ―学術標本の表現』の奥に、『命の認識』展の会場があります。
数多くの動物の骨が展示される会場の手前には、標本にされたアジア象の死産胎児が保存溶液に浮かんでいます。
---
■ 総合研究博物館「命の認識」展 430体の「死」に触れて(東京大学新聞 2010年 1月 1日号)
http://www.utnp.org/2010/01/430.html
---
母の胎内で命をはぐくみながらも、この世界に産まれ出ることのなかった骸です。近づくと、長い睫の奥にうっすらと、いまにも長い眠りから目覚めそうな優しい瞳が見えます。このアジア象の死産胎児を見るだけでも、「命」について、深く考えさせられ、感じさせられてしまいました。
■ 命の認識(東京大学 総合研究博物館)
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2009inochi.html
開催期間: 2009年 12/19(土)〜2010年 3/28(日)
開館時間: 10:00 - 17:00(入館は16:30まで)
休館日: 月(* 1/11、3/22は開館)
12/24、12/29~1/3、1/12、1/16、1/17、2/12、2/25、2/26、3/23
入館料: 無料
場所: 東京大学総合研究博物館 <http://www.um.u-tokyo.ac.jp/
アクセス: <http://www.um.u-tokyo.ac.jp/information/map.html>
東京大学構内を散歩していますと、三四郎池の南側辺りに辿り着いた辺りから、響いたかけ声が聞こえてきました。はじめ弓道場かと思い足を向けますと、どうも反対からのかけ声のようです。七徳堂からでした。
館に響き渡るかけ声と竹刀の音が清々しく、大学生以外の人たちも新年の初稽古を順次されていました。
「いちょう並木」といえば、美しいシンメトリーを描く、明治神宮外苑・絵画館前の銀杏並木を思い浮かべます。日曜の朝、散りつつある明治神宮外苑の銀杏並木から、東京大学本郷キャンパス正門の銀杏並木を歩きながら、ふたつの銀杏並木のことなど、無学鈍感な頭で雑然と思ってみました・・・。
![]()
下記に引用しました、神宮外苑に掲示されている解説にありますように、絵画館前の約 300mの銀杏並木は、『・・・樹高順に青山口より降り勾配に従って植えられております。絵画館を眺む見事な遠近法の活用です。』
この神宮外苑の銀杏並木を造苑に関わったのは、
折下吉延氏は"〜明治41年(1908)東京帝国大学農科大学農学科を卒業"、藤井真透氏は"〜大正 3年(1914)東京帝国大学工科大学土木工学科を卒業"とあります。
一方、東京大学本郷キャンパスの、正門から大講堂(通称: 安田講堂)までの約 200mの銀杏並木は、明治38年(1905)には、濱尾新 第三代総長は『正門を入ったら万人自ら襟を正すような厳粛な雰囲気にしたい』との意向から、小石川植物園長(当時、おそらく松村 任三[まつむら じんぞう]博士)に命じて、周囲約 30cmの銀杏を移植させたそうです。そして濱尾第三代総長の意匠を汲み、(当時: 工科大学教授)伊東忠太博士が銀杏並木に至る正門を完成させたのが、明治45年(1912)です。
東大の銀杏並木もまた、明治神宮外苑銀杏並木に先んじ、奥行きを誇張するために正門手前より大講堂に向かい銀杏の木に高低をつけ、天に向かい円錐に刈り揃えられています。こうした技法が一般に知れ渡っていたのか、そうでないかは不明ですが、折下吉延・藤井真透両氏が東京帝國大学学生時代に、東大正門の銀杏並木造営を間近に見ていたことは確かなようです。




最近のコメント
[敬称略]>> やまだ
不思議 (はてな)
>> イイダ
INSERT 〜 観塔楼 〜
>> やまだ
INSERT 〜 観塔楼 〜
>> いわお
真夏の路地裏甲子園
>> やまだ
花を見つめる
>> やまだ
真夏の路地裏甲子園
>> 鈴木宣幸
花を見つめる
>> 鈴木宣幸
一丁前
>> やまだ
一丁前
>> 不知詠人
納涼ボサノヴァギターの夕べ(笑)
>> やまだ
蒸し上げ
>> やまだ
納涼ボサノヴァギターの夕べ(笑)
>> 不知詠人
蒸し上げ
>> 不知詠人
朦朧
>> 不知詠人
マンデリン・シティロースト 〜万福亭 オリジナル焙煎珈琲豆〜
>> 不知詠人
ホームタウン
>> 不知詠人
「向丘記」碑の保存(5) 拓本
>> やまだ
「向丘記」碑の保存(5) 拓本
>> toyonaga-hitomi
谷中の建物、かく語りき
>> やまだ