上野恩賜公園
<<前のページへ 1|2|3|4|5|6|7 次のページへ>> 新年元日から東照宮ぼたん苑で始まる「冬のぼたんまつり」の準備中。


□ 上野東照宮・冬ぼたん
開苑期間: 1月 1日〜2月末日(期間中無休)
開苑時間: AM 9: 30〜PM 4: 30(入園締切り)
拝観料: 大人 600円、団体 500円(20名以上)、高校生400円
中学生以下は無料
■ 上野東照宮ぼたん苑(上野観光連盟)
http://www.ueno.or.jp/botan/
正木記念館と陳列館の奥に「藝大アートプラザ」があります。(2005年 11月 OPEN)


藝大アートプラザは、芸大教職員、卒業生等が関わった製品や作品、書籍、ノベルティグッズが購入できます。

■ 藝大アートプラザ(東京藝術大学)
http://www.geidai.ac.jp/facilities/artplaza.html
上野公園入り口に 11/23から設置されているイルミネーション。題して『動物たちのカーニバル』


(・・・あ、動きませんのであしからず。)
上野公園、ブルーシート・テントのひとつに・・・んん〜! どうみてもこの赤い服は・・・!!

そろそろ出番の"アノひと"の、ですよねえ ?!

上野公園で「ヘブンアーティストTOKYO」が始まりました。ヘブンアーティストとは、東京都が、選定したアーティストにライセンスを発行し、都立公園や地下鉄構内、歩行者天国などでの活動場所を提供する支援活動だそうです。現在、283組(音楽、パフォーマンス)のアーティストを認定。そのパフォーマンスを一挙に見られるイベントです。凄くレベルが高い上にバラエティに富んでいて、TVのお笑い芸人より面白い人達が大勢参加しています。

普段から上野公園では、何人かのアーティストのパフォーマンスが見られますが、何十組もまとめて見られるのはこの時だけです。ちょっと凄すぎる海外からのアーティストも参加します。もちろんすべて無料です。無料ですが彼らは投げ銭で生活していますので、充分楽しませてくれたアーティストには、投げ銭のご用意を忘れなく。

場所:上野恩賜公園(8ヶ所) / 東京都美術館
日時: 10/27(金)10/28(土)10/29(日)
時間: 12:00 〜 17:00
■ ヘブンアーティストTOKYO
http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/bunka/heavenartist/
大石灯篭(お化け燈籠)
東京大学の「お化け灯籠」は、"怖い"方の「お化け」ですが上野公園のは"バカでかい"方の「お化け」です。

お化け燈籠
佐久間大膳亮勝之 が東照宮に寄進した石造の燈籠で、
奉寄進佐久間大膳亮勝平朝臣勝之
東照大権現御宝前石燈籠
寛永八年辛未孟冬十七日
と刻字し、寄進者・寄進年月を知ることができる。寛永 8年(1631)当時、東照宮は創建して間もなく、社頭には、現存の大島居・銅燈籠・石燈籠などは、まだごくわずかしか奉納されていなかった。勝之は他に先駆けて、この燈籠を寄進したのである。
勝之は、織田信長の武将佐久間盛次の四男。母は猛将柴田勝家の姉という。信長・北条氏政・豊臣秀吉、のち徳川家康に仕え、信濃国川中島ほかで一万八千石を領した。
燈籠の大きさは、高さ 6.06メートル、笠石の周囲 3.63メートルと巨大で、その大きさゆえに「お化け燈籠」と呼ぶ。同じ勝之の寄進した京都南禅寺・名古屋熱田神宮の大燈籠とともに、日本三大燈籠に数えられる。
平成 8年 7月 台東区教育委員会
メインの通りからも東照宮の参道からも死角になって見えにくいのですが、実物はかなり迫力があります。単独ですと燈籠そのものの大きさが判り辛いと思いますので、こちらの写真を・・・
上野東照宮・社殿前にズラリ並んだ

銅燈籠
東照宮社殿、唐門前と参道に 50基の銅燈籠が並んでいる。燈籠は神事・法会を執行するときの浄火を目的とするもの。照明用具ではない。浄火は神事・仏事に使う清めた火。燈籠は上部から、"宝珠・笠・火袋・中台・竿・基壇"で構成されている。火袋は、"八角・六角・四角"などの形式に分かれ、各面には"火口・円窓"という窓を設けている。火袋下部の長い部分を"竿"といい、ここに銘文を刻むことが多い。
これら銅燈籠は、諸国の大名が東照大権現霊前に奉納したもの。"竿"の部分には、寄進した"大名の姓名と官職名・奉納年月日"等が刻字されている。それによると、伊勢国(三重県)津藩主藤堂髙虎奉献の寛永 5年(1628)銘 1基をはじめ、慶安 4年(1651)正月 17日奉献 2基、同年 4月 17日奉献 45基、同 5年孟夏 17日奉献 2基となっている。慶安 4年 4月 17日は東照宮社殿落慶の日。その日の奉献数が最も多い。これら銅燈籠は、東照宮社殿とともに一括して、国の重要文化財に指定されている。
平成 8年 9月 台東区教育委員会
所在地: 台東区上野公園 9
よりによって何故、お坊様の"毛髪塔"を建てられたのか?そもそも天海僧正に毛髪があったのか ??...あ、 稀少だからこそ価値があるのかな ?! なぜかこの場所だけ妙に薄暗い、上野公園随一のパワースポット、「天海僧正毛髪塔」です。

天海僧正毛髪塔
天海僧正は、江戸初期の天台宗の高僧で諡号 を慈眼大師 という。
天文 5年(1536)に奥州会津郡高田郷(福島県)で生まれた。11歳で出家、14歳で比叡山に登り実全に師事して天台教観を学び、さらに三井寺や奈良で諸教学を学んだといわれる。のちに江戸崎不動院(茨城県江戸崎町)、川喜多院(埼玉県川越市)などに住し、徳川家康の知遇を受けた。元和 2年(1616)家康が没すると、その神格化にあたり権現号の勅許を計り、併せて、日光廟の基本的構想をたて造営を指導した。その後も将軍秀忠・家光の帰依を受け、江戸城鎮護のため上野忍岡に寺院の建立を進言し、寛永 2年(1625)に寛永寺を創建した。
寛永 20年(1643)に子院の本覚院にて 108歳で示寂。遺命により日光山に葬られ、この地(旧本覚院跡)には供養塔が建てられた。後に本覚院伝来の毛髪を納めた塔も建てられ、毛髪塔と呼ばれるようになった。
平成 15年 3月 台東区教育委員会
□ 都指定旧跡
所在地: 台東区上野公園 1



