上野桜木・池之端
<<前のページへ 1|2|3|4|5|6 次のページへ>> パティシエ・イナムラ ショウゾウ氏とパティシエ・イナムラ ショウゾウ店。


彫刻家、平櫛田中(1872〜1979)の旧アトリエ兼住居です。
大正 9〜11年(1920〜22)? に横山大観、前田青邨、木村武山らの出資で建てられた伝統的木造建築だそうです。
昭和 48年(1973)、氏の出身地である岡山県井原市に寄贈されて以来公開されず、近年は空き家となっており、地元の有志の方々が保存に努めています。時々、企画などで邸内が公開されることがあります。
参考リンク:
■ 言の問い(サスティナブル・アートプロジェクト 2004)
http://www.geidai.ac.jp/event/sustain/kotonotoi/
■ 言の伝え(サスティナブル・アートプロジェクト 2005)
http://www.geidai.ac.jp/event/sustain/

三段坂
『台東区史』はこの坂について「戦後、この清水町に新しい呼び名の坂が、9番地から21番地にかけて屋敷町の大通りに生まれた。段のついた坂なので三段坂と呼ばれている。過ぎ去った呼び名は郷愁をうったえ、新しい呼称は将来を祝福してやまない。三段坂とは誰がつけたかは知らないがいみじい名前ではないか。」と記している。戦後とは第二次世界大戦後であろう。清水町はこの地の旧町名。
坂道は明治 20年(1887)版・地図になく、同 29年(1896)版・地図が描いている。したがって、明治二十年代に造られた坂道であろう。
昭和 59年 3月 台東区教育委員会
清水坂沿いに、劇作家であり小説家でもあった円地文子邸。この地にて昭和61年(1986)11月 14日、81歳で亡くなりました。

左隣の洋館は、国文学者の分銅惇作邸だそうです。
坂下から見て左に折れながら坂は延びています。右側面上には上野動物園のバードハウスの辺りで、様々な鳥の声が聞こえてきます。

清水坂
坂近くに、弘法大師にちなむ清泉が湧いていたといわれ、坂名はそれに由来したらしい。坂上にあった寛永寺の門を清水門と呼び、この付近を清水谷と称していた。かつては樹木繁茂し、昼でも暗く、別名「暗闇坂」ともいう。
平成 12年 8月 台東区教育委員会
善光寺坂と三段坂に挟まれた閑静な住宅街。古い家屋を改装した英国紅茶喫茶。「

■ English Teahouse「
営業時間: 12:30〜18:00
定休日: 月・火
水月ホテル鴎外荘の並びにあります。
上田邸は以前、忍旅館として営業しており「花園町(現在、池之端)の白さぎ城」と親しまれた。建築当時こうした洋館は珍しく、見学者が耐えなかった、といわれている。
この建物は木造建築であり、モルタルに目地を切って石壁風にみせた外壁や窓上部などに共通のデザインはあるが、窓の付け方やイオニア式をはじめとする柱に各層独自のデザインを取り入れた外観となっている。 1階から 3階の各層は階段状にセットバックしているので、3階建ての上に塔屋が乗っていても圧迫感がないことも特徴のひとつである。
平成 12年 3月 東京都生活文化局

■ 上田邸(旧 忍旅館)
所在地: 台東区池之端 3-3-19
設計者: 不詳
建築年: 昭和 4年(1929)
東京都選定歴史的建造物
明治を"
森鴎外 居住の跡
森鴎外は、明治23年(1890)この地において文壇処女作の「舞姫」を発表しました。そして次々と文学作品を発表し、近代文学史上画期的な活躍をする基礎を築いた地でもあります。
水月ホテル鴎外荘

■ 水月ホテル鴎外荘ホームページ
http://www.ohgai.co.jp/
【追記:】
面影はない、、、と書きましたが、ホテル内に『舞姫』の碑とともに、旧家屋が保存されているそうです。



