上野桜木・池之端
<<前のページへ 1|2|3|4|5|6 次のページへ>>EXIPO
骨董屋というよりはアンティークショップ?リサイクルショップ?? いや、いやジャンクショップ??? 違う、違う、見ての通り毎日(定休日はあるんだけど)がガレージセールの「souvenia shop EXPO」です。あ、souveniaっていうんだから土産物屋が正しいのか...。

蔵だか物置だか押し入れに一杯積まれた不要品を目利きもなしに広げて見せて、まるで「自分の宝物は自分で探し出せよ。」と言わんばかりです。たとえ欲しいものが見つからなくても「こんなもん誰が使っていたんだろ?」とか「コレ誰が買っていくのかなあ?」なんて想像を巡らせてしまいます。記憶が定かではないけれど、ここ「EXPO」1980年代中〜後半頃からあるはずですが、ずーっと同じ商品のような気がしたり、いっつも違う品揃えのような気もします。(それでも奥の方のアンティーク家具は減ったかもなあ。あんなのどうやって店の出すのか不思議だった...。)
京成線が日暮里駅から上野へと地下へ入るとすぐに寛永寺坂駅があったそうです。駅舎は運送会社に、駅前広場は駐車場になっています。

ウィキペディアに以下のような解説がありました。
駅の跡地は京成電鉄が現在もそのまま保有し、駅舎と駅前広場は運送会社に貸し出されている。駅舎が現存しているのは、貸すときの条件で取り壊しが禁じられたためとされている。また、広場の手前には国旗の掲揚台跡も残っている。地下の部分も、ホームこそ取り壊されたが空間は残っており、電車内から確認できる。
『寛永寺坂駅 - Wikipedia (2006/8現在)』より
昭和 8年(1933)〜昭和 18年(1943)の10年と、戦後の昭和 21年(1946)~昭和 22年(1947)の1年の活動だったようです。
国旗掲揚台跡です。

国威宣揚
紀元二千六百年記念
陸軍大将男爵奈良武次書
東櫻木町有志建之
昭和十六年十二月八日
駅跡を探していたら、戦争の跡に出遭った次第です。
■ 寛永寺坂駅 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/寛永寺坂駅
移築した吉田屋酒店を展示しています下町風俗資料館付設展示場です。

■ 台東区指定有形民俗文化財
所在地: 台東区上野桜木 2-10-6
無縁坂と言えば森鴎外の『
『無縁坂』
母がまだ若い頃 僕の手をひいて
この坂を登るたび いつもため息をついた
ため息つけば それで済む
後ろだけは見ちゃだめと
作詞/作曲:さだまさし 唄:グレープ
その後の歌詞に「偲ぶ

坂上からみて、右の赤レンガ塀の上に旧岩崎邸庭園があります。

両山堂印刷所。不忍通り側の建物です。

こちらも工場同様、大谷石で出来ていますが、正面に回ると、ちょっとしたお城風ですね。二階ベランダの造りからして、お屋敷か社宅のようですが、こちらも以前は工場だったそうで、現在は倉庫として使われているそうです。

築 60年以上になるらしい、この印刷所は、なぜ大谷石で造られたのでしょうか・・・?
不忍通り沿いと言ってもよいでしょう、「株式会社両山堂印刷所」です。

石造りの建物もさることながら、この看板のお陰で、「レッテル」といえば、こちらの両山堂印刷所と結びつけてイメージする人も多いのでは?

京成本線日暮里駅から京成上野駅の途中、上野桜木から地下(上野公園)へ潜るトンネルです。

トンネルには「
...(略)... 京成上野駅付近のトンネルは当時御料地であった上野公園の下を通過する事から御前会議にまでかけられたという話がある。
"京成電鉄"-出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(2006/06現在)
と、ありますがこのことと関係があるのでしょうか、、、。京成電鉄に問い合わせたところ、以下の内容の、丁寧な御返事を頂きました。




