根津
<<前のページへ 6|7|8|9|10|11|12|13|14|15 次のページへ>> 戸袋に描かれたレリーフ。鷲でしょうか、鷹でしょうか。それとも鳶?

「
根津神社を左に見ながら回り込むように下ると参道入り口。

本郷通りから、根津谷への便を考えてつくられた新しい坂のため、新坂と呼んだ。また、根津権現(根津神社の旧称)の表門に下る坂なので権現坂ともいわれる。
森鴎外の小説『青年』(明治 43年作)に、「純一は権現前の坂の方に向いて歩き出した。・・・右は高等学校(注・旧制第一高等学校)の外囲、左は出来たばかりの会堂(注・教会堂は今もある)で、・・・坂の上に出た。地図では知れないが、割合に幅の広い此坂はSの字をぞんざいに書いたように屈曲してついている。・・・」とある。
旧制第一高等学校の生徒たちが、この小説『青年』を読み、好んでこの坂をS坂と呼んだ。したがってS坂の名は近くの観潮楼に住んだ森鴎外の命名である。
根津神社現社殿の造営は宝永 3年(1706)である。五代将軍徳川綱吉が、綱豊(六代将軍家宣)を世継ぎとしたとき、その産土神(うぶすなかみ)として、団子坂北の元根津から、遷座したものである。
平成 14年 3月 文京区教育委員会
文京区根津 1丁目 21〜28
実際は逆"S字"カーブの坂道、"Z"坂ですね。

へび道と藍染め通りが交わる辺り。

釜竹(かまちく)
以前紹介した、ウイーザス根津(ウィザース根津と間違えて覚えていました。)の敷地内の旧蔵は、釜揚げうどん専門店「

■ All About / グルメ・クッキング / うどん /
釜揚げうどん専門店 根津 釜竹
http://allabout.co.jp/gourmet/udon/closeup/CU20051209A/
根津のはずれ(と言っても根津駅から2〜3分の距離ですが)上野池之端との境付近、不忍通りから少し入った場所に東京弥生会館があります。根津駅近辺をブラブラしていると度々、弥生会館への道を訊かれましたが最初その存在を知りませんでした。私は、名前からのイメージからずっと地元公民館のような公共施設と思い込んでいましたが、立派なホテルだったのですね。、、、誤解していて御免なさい。そしてお疲れ様でした。

37年間のご利用有り難うございます。
2月28日で閉館いたします。
東京弥生会館 支配人
■ Greenside Hotel 東京弥生会館
http://www.nre.co.jp/hotel/tokyo-yayoi/tokyo-yayoi.htm
所在地: 東京都文京区根津2-1-14

ここ最近に閉じた店の、一軒は不忍通り沿い千駄木駅近くにあった「下町パリ食堂 エスカルゴ 」。リーズナブルで、気軽にフランス料理とワインが楽しめました。
もう一軒は根津駅を一本裏に入った通りにあった、ランラン・カンカンが上野動物園に来た頃から、「パンダおむすび」を作り続けていた、おむすびや「いなほ」。
そして「いなほ」と同じ通り沿い「曙ハウス」の取り壊しに出くわしました。


以前に出会った、ブチかな。



千代田線根津駅目の前に見える銭湯「宮の湯」煙突。今夜サンタクロースは立ち寄るかしらん?東京は電線が多くて無理かもねえ。
