日々のこと '08
1|2|3|4|5|6|7|8|9|10 次のページへ>>修悦体による「謹賀新春」。そして「谷中七福神巡り」

今年は早めに登場したようですね。
■ 【やなか百景】修悦体の「謹賀新春」も―日暮里駅北口(やなか発)
http://yanaka.way-nifty.com/yanaka/2008/12/post-c0fa.html
最近の年末は年の瀬らしくない、とも聞いたりしますが、アメ横(台東区上野)に行くと、そのような懸念は吹き飛んでしまいます。
アメ横の何十分の一の人出でしょうが、正月準備の買い物客で賑わう谷中銀座。

この賑わいも祭りの時期に較べたらかなわないかも知れませんが、慌ただしくも清々しい年の瀬を感じます。

谷中銀座からつながるよみせ通り商店街も賑わっています。
路地裏の散歩者が少ないので、余計に商店街の活気が目立つのでしょうね・・・。
「いろはに木工所」の前を通りかかると店先の戸が開いていました。声をかけて覗いてみると先日の店主・山下さんが作られていたテーブル/a>が完成したようです。

本日の午後に梱包して発送して、なんとか年内に届けられる、との事でした。注文主も新年を、いろはに木工所の新しいテーブルで迎えられることでしょう。

仕上げも素晴らしいテーブルです。・・・が、どうやって工房から運び出すのでしょうね・・・?

■ いろはに木工所(いわおの部屋)
http://www.iwaoono.com/shitamachi/newpage15.html
「サンタクロースにも何かプレゼントを頂戴!」と、言っているのかどうか知りませんが・・・。
人気の少ないへび道、クリスマスの夜。Jey Tsujimura(ジェイ ツジムラ)さんのアトリエに、仕事納めのサンタクロース発見。

(後日改めて拙ブログでご紹介しますが、)ハンプトンの向こうに座っている方はおそらく日本で最初となる、海外出身(ニュージーランド)の浅草芸者・
谷中ボッサでクリスマス
空の果てから 眺めれば
そりゃぁ どーってこともないんだろう
でもまさか ここは 空の果てでもあるまいし
気にもとめるは 一日の糧
・・・と誰かの歌を口ずさみながら、自ら手を下さずとも慌ただしく 12月が駆けてゆくのですが、課題や宿題は自ら駆け去ろうともせず、山積したままです。
気がつけばクリスマス。谷中の街は、静かな夜。基督教徒ではありませんが、甘党です。クリスマス・ケーキぐらい食べないと。・・・という訳で「谷中ボッサ <http://www.yanakabossa.jp/>」のクリスマス・メニューから「ホットワインとショコラテリーヌ」デザート・セットです。

赤ワイン煮入りいちじくが入った、濃厚なショコラテリーヌ。ショコラティエ・イナムラショウゾウに負けず美味!
クローブ、はちみつ、カボスを効かせたホットワイン。酒が弱い私には、立ちのぼる香りだけで心地よく酔ってしまいそうです。本来オレンジ代わりに使われていた柑橘は、『猫のしっぽをたどる話』展の安部泰輔さんから、はとさんへ贈られたカボスのお裾分けだそうです。(はとさんは現在「はと展覧会・冬のお座敷ツアー『鳩ノ間 hato-no-ma』」展で、京都〜滋賀・近江八幡〜金沢〜と2009年 2月まで全国巡業中です。)
今年あった谷根千の出来事をあれこれ思い起こしながら迎えたクリスマスの夜でした・・・。
風の行方は 気まぐれで
生きる道しるべには あまりに気まぐれで
それにまさか風に吹かれたって 答えなどもうないし
100のことばより 一日の糧
『糧』(詞&曲: 仲井戸 麗市)
鏡餅は買えそうにないけれど、谷中ボッサでケーキくらいは食べることができた、年越しの糧。
クリスマスの今日、「喫茶 谷中ボッサ <http://www.yanakabossa.jp/>」では、期間を延長して開催されていました、米倉めぐみさんのウールワーク展「クリスマスを待ちながら」の展示の最終日でした。(2008年 11/19〜12/1,〜25)

米倉めぐみさんは、10歳の頃に母親から棒針編みを習って以来、編み物を続けられました。2001年には身近な素材を利用しての植物染めと手紡ぎへと、ウールへの関わりと造詣を深めいきながら、羊毛による創作活動を続けられています。
約一ヶ月にわたり、谷中ボッサの壁面を飾った、手紡ぎ&手染め&手編みで作られた羊毛・クリスマス・ツリーは圧巻でした。
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サンタクロースのプレゼントも、より素敵に魅せてしまいそうな、微妙な色彩を豊かに含んだ、手染めのウールソックスやオーナメント。
今月(〜2008/10)で 4年間の営業を終えられた「asimul[アジマル] cafe & gallery <http://asimulcafe.seesaa.net/>」。
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店主のスウさんは初音小路の奥で、4年の間に、沢山のイベント・美味しい食事とおつまみ・居心地のいいスペースを企画・提供し、「アジマル カフェ」には、大勢のファンを持たれていました。。
店内はnidoの灯りに照らされて、アユムさん(cocoloya)や、はとさん(ハトゴヤ)の絵が飾らていました。
私は数回しかアジマル カフェへ伺えませんでしたが、スウさん、どうもお疲れ様でした。
「いちょう並木」といえば、美しいシンメトリーを描く、明治神宮外苑・絵画館前の銀杏並木を思い浮かべます。日曜の朝、散りつつある明治神宮外苑の銀杏並木から、東京大学本郷キャンパス正門の銀杏並木を歩きながら、ふたつの銀杏並木のことなど、無学鈍感な頭で雑然と思ってみました・・・。
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下記に引用しました、神宮外苑に掲示されている解説にありますように、絵画館前の約 300mの銀杏並木は、『・・・樹高順に青山口より降り勾配に従って植えられております。絵画館を眺む見事な遠近法の活用です。』
この神宮外苑の銀杏並木を造苑に関わったのは、
折下吉延氏は"〜明治41年(1908)東京帝国大学農科大学農学科を卒業"、藤井真透氏は"〜大正 3年(1914)東京帝国大学工科大学土木工学科を卒業"とあります。
一方、東京大学本郷キャンパスの、正門から大講堂(通称: 安田講堂)までの約 200mの銀杏並木は、明治38年(1905)には、濱尾新 第三代総長は『正門を入ったら万人自ら襟を正すような厳粛な雰囲気にしたい』との意向から、小石川植物園長(当時、おそらく松村 任三[まつむら じんぞう]博士)に命じて、周囲約 30cmの銀杏を移植させたそうです。そして濱尾第三代総長の意匠を汲み、(当時: 工科大学教授)伊東忠太博士が銀杏並木に至る正門を完成させたのが、明治45年(1912)です。
東大の銀杏並木もまた、明治神宮外苑銀杏並木に先んじ、奥行きを誇張するために正門手前より大講堂に向かい銀杏の木に高低をつけ、天に向かい円錐に刈り揃えられています。こうした技法が一般に知れ渡っていたのか、そうでないかは不明ですが、折下吉延・藤井真透両氏が東京帝國大学学生時代に、東大正門の銀杏並木造営を間近に見ていたことは確かなようです。






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